嫉妬深い恋人

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あれは、今から3週間前の土曜日だった。

珍しく早い時間に家を出る事が出来たリョーマは、部室で1人探し物をしていた手塚を見つけた。
本当に珍しいのは、まだ誰も来ていない事だった。
「あれ?何してんスか、部長」
「何だ越前か、今日は早いな」
ごそごそと、ロッカーの周りを真剣になって何かを探していた。
「何か探し物ッスか?」
「まぁな…」
一体何を探しているのか、あまりにも真面目な顔だったのでとても気になる。

『知らないだろうけど、俺はあんたが好きなんだよ』

リョーマは、秘めた想いを胸に抱いていた。
部長である手塚国光が好きだということを。
「俺も探しましょうか?」
2人きりになるなんて滅多に無い。
チャンスだとリョーマは手塚に近付く。
「…いや、いい」
手塚は即座に断った。
その返事に、寂しさと怒りが込み上げて、リョーマはムキになってしまう。

「俺がやりたいんだから、探します」
手塚が何を探しているのかわからないのに、リョーマは部室内を捜索し始めた。
「おい、越前…」
「ん…あれ?なんだ、これ…」
どこから探せばいいのか、それすらもわかっていないリョーマは、とりあえずロッカー付近をキョロキョロとしていた。
すると、ロッカーとロッカーの微妙な隙間に、何か紙のような物が引っ掛かっているのを見つけた。

それを慎重に引っ張り出して見てみる。
「あっ…何コレ……俺の写真?」
それは、正真正銘リョーマの写真だった。
しかも、自分では見る事の出来ない完璧な笑顔なのだ。
「誰がこんなモノを…」
何だかストーキングされている様で、気持ちが悪かった。
とりあえず誰の物かわからないその写真を、手塚に見せようと振り向く。
「…ぶ…部長?」
振り向いた先の手塚の顔は赤くなったり、青くなったりしていた。
しかも、バツが悪そうな表情でこちらを見ている。
「すまない…それは俺のだ」
「はい?」
「…その写真は俺の物だ」
「は……えぇー?」
手塚の返答にリョーマは、かなりの驚きを受けた。
本当に?本当なの…。
まさか、この部長がこんな事をするなんて…。
リョーマの中の秘めた想いが、表に出ようとしていた。
「…俺は……越前、お前が…」
リョーマの驚き具合を見て手塚は覚悟を決めたのか、リョーマにある事を告げようとしていた。
「待って!」
しかしリョーマは、手塚の告白を止めた。
「俺から言わせてよ…」
リョーマは自らの想いを、手塚の顔から視線を外す事無く、全てを伝えようと自分に言い聞かせた。
「俺はあんたが好きなんだよ…男でも関係なく…」
何時からか今ではもうわからないけど、気になって仕方が無くなっていた。いくら消そうとしても消えない想い。
リョーマは「この気持ちは本物だよ」、と眼で訴えながら目の前の人に全て打ち明けた。そして、持っていた写真を、少しだけ震える手で手塚に返す。
「越前…俺もお前の事が気になるんだ」
手塚はその写真をリョーマから受け取り、本物のリョーマを見つめながら、その想いに正直に答えた。
「…ホント?」
「あぁ、嘘ではない」
嘘では無い証拠に、リョーマの細い身体に手を伸ばし、柔らかく抱き締めた。手塚の体温が、リョーマの体温と交じり合う。あまりの嬉しさにリョーマは泣きそうだった。

この瞬間から、2人の恋は始まったのである。



「でも、不二先輩と菊丸先輩にはまいっちゃう」
はぁ、と大きく溜息。
でも言葉とは違い心は充実していた。
背中には手塚の広くて暖かい胸。
その温もりは何時までも感じていたくなる。

とても優しくて、苛立った気持ちが治まってくる。
「そうだな…」
あの2人がリョーマに対して、自分と同じ想いを抱いている事は明らかだ。
だが当の本人は、そこまでの気持ちをあの二人に持っていない。

あの2人はただの先輩。自分にとても優しい先輩達。
そのくらいの気持ちしか抱いていない。
それもそのはず、リョーマはこの男、手塚国光しか見ていないのだ。しかも、両想いであった為に、更にその想いは上昇している。
「どうにかならないかな…」
うーん、と唸っても、いいアイデアは全く浮かんで来ない。
今までにも「我ながら、グッドアイデア」と思って、いろいろと試してみても、不二は更にその先を見据えたように、行動するのだ。
「なるなら、俺が今頃どうにかしてるさ」
手塚の答えに、不二と菊丸の顔を思い浮かべた。

テニス部で1番のキレ者、不二周助。

テニス部で1番の行動派、菊丸英二。

「それもそうだね」
くすくす笑い、リョーマは自分の胸の前にある手塚の腕をそっと抱く。
別にいいや。この人がいつも助けてくれるんだし。
手塚と恋人と呼べる関係になってから、不二と菊丸の誘いを断れるようになった。
それまでは、毎日の様に2人と一緒に帰らざるを得ない状態になったり、知らない間に予定を入れられたりとリョーマにしてみては、かなり不愉快な思いをしていた。
しかし、2人は「君の為なんだよ」と言い、リョーマの抗議を受け入れない。
その内に、それが当たり前の様になっていたので、「これが普通なのかな」と思い込んでいた。
いや、実際には不二がリョーマにそう思うようにしていたのだ。

でも、リョーマに初めての『恋心』が生まれてからは、少し心情が変わっていった。
この人にこんなの見られたくない。
どんな目で自分達を見ているのか、すごく気になる。
でも…そんなの関係ないか。
あの人はこんな気持ちを持っていないのだから。
それが、今では…。
あの頃を思い出すと、自分って結構、頑張ってたなと思う。
「ま、大石先輩が言ってたように『頑張る』よ」
でも、今は違う。
俺には、この人がいるんだから。
あの頃とは条件が違うんだ。
「あぁ、俺も出来るだけ…いや、必ず助ける」
きっぱりと言い切る。
手塚も部長として、恋人としてリョーマが窮地に陥った時には必ず救うと決めた。
想いを伝え合ったあの日から、自分自身に言い聞かせた決意がある。
この幼い恋人を何があっても必ず“守る”と。

「ありがと、国光」

そのまま背中に頭を凭れ掛けると、身体を抱く力が少しだけ強くなった。



嫉妬深い恋人 第2話です。
2人のラブラブモード突入話。